キュービクルの法定点検(年次・月次)とは?法律で定められた義務と点検項目

工場や商業施設、ビルなどの敷地の一角に設置されている金属製の箱、キュービクル。高圧の電力を安全に受け取るための重要な設備ですが、その管理を任された担当者の方の中には、「なぜ毎月、毎年、専門業者による点検が必要なのだろうか」と疑問に思う方もいらっしゃるかもしれません。


この定期的な点検は、単なる設備の維持管理活動ではありません。電気事業法という法律によって、キュービクルを設置するすべての企業に課せられた、極めて重要な「法的義務」なのです。


この義務を怠ることは、設備の故障による事業の中断はもちろん、近隣一帯を巻き込む大規模な停電事故(波及事故)を引き起こすリスクを抱えることと同義です。そうなれば、自社の損害だけでなく、周辺の企業や住民に対しても多大な迷惑をかけ、企業の社会的信用を大きく損なうことになりかねません。


この記事では、なぜキュービクルの保安点検が法律で義務付けられているのか、その背景から、具体的な点検内容(月次・年次)、そして点検を怠った場合に企業が負うことになる重大なリスクまでを、専門家の視点で分かりやすく解説します。




点検の根拠となる「電気事業法」と企業の保安義務

キュービクルの保安点検は、電気事業法という法律によってそのルールが定められています。この法律は、電気事業の健全な運営と、電気を使用する人々の安全確保を目的としています。特に、キュービクルのような高圧の電気を扱う設備については、その危険性の高さから、設置者に対して厳しい保安義務が課せられています。



キュービクルは「自家用電気工作物」

電力会社から600ボルトを超える高圧で受電し、自社の敷地内で使用する電気設備は、法律上「自家用電気工作物」と呼ばれます。キュービクルは、この自家用電気工作物の代表例です。一般家庭で使われる低圧の電気(一般用電気工作物)とは異なり、高圧の電気は取り扱いを誤ると、感電による死亡事故や大規模な火災・停電事故につながる危険性が格段に高まります。そのため、設置者(企業)には、自らの責任においてその安全を維持管理することが、法律で厳しく求められているのです。この責任を果たすための具体的な行動が、定期的な保安点検となります。



設置者に課せられる3つの保安義務

自家用電気工作物の設置者には、主に以下の3つの保安義務が課せられています。


技術基準の維持義務

設置したキュービクルを、国が定めた技術基準に適合するように維持する義務です。劣化や故障がないか、常に安全な状態を保つことが求められます。


保安規程の作成・遵守義務

その設備を安全に運用・管理するための社内ルールである「保安規程」を作成し、国に届け出る義務です。そして、その規程に従って日常的な管理や点検を行わなければなりません。定期的な保安点検は、この保安規程の中核をなすものです。


電気主任技術者の選任義務

そして最も重要なのが、電気に関する専門知識を持つ「電気主任技術者」を選任し、設備の保安監督を行わせる義務です。自社で有資格者を雇用するか、保安法人など外部の専門家に委託するかのいずれかの方法で、必ず専門家による監督体制を整える必要があります。定期点検は、この選任された電気主任技術者の監督のもとで行われます。




【月次点検】五感を使い、トラブルの予兆を早期発見する

保安点検の基本となるのが、毎月1回行われる月次点検です。これは、キュービクルが正常に稼働しているか、異常の兆候はないかを定期的に確認するための、いわば「日常的な健康診断」にあたります。後述する年次点検とは異なり、原則として電気を止めずに(停電させずに)行われるのが特徴です。点検の主な目的は、専門技術者が五感(視覚、聴覚、嗅覚など)と簡単な測定器を使って、設備の異常を早期に発見することにあります。



①外観点検(視覚による確認)

まず、専門の技術者がキュービクルの外観を目で見て回り、異常がないかを確認します。例えば、本体の扉や盤面に錆や腐食、変形がないか。塗装が剥がれていないか。雨水が侵入した形跡はないか。また、内部の機器にホコリやクモの巣、ネズミなどの小動物が侵入した痕跡がないかも重要なチェックポイントです。こうした異物の侵入は、ショート事故の大きな原因となります。その他、基礎部分のコンクリートにひび割れがないか、周囲に草木が茂って換気口を塞いでいないかなども、安全を維持するために欠かせない確認項目です。



②内部の確認(聴覚・嗅覚・触覚による確認)

扉を開け、キュービクルが稼働している状態で内部の確認も行います。普段とは違う「ブーン」という異常なうなり音(異音)がしていないか。プラスチックが焼けるような焦げ臭い匂い(異臭)はないか。変圧器や配線の接続部分などに、手で触れてみて異常な発熱がないか。こうした五感によるチェックは、メーターの数値だけでは分からない、トラブルの初期症状を発見するために非常に重要です。経験豊富な技術者は、こうしたわずかな変化から、内部で起きている問題を察知することができます。



③測定器による数値確認

キュービクルに備え付けられている電圧計や電流計などのメーター類を確認し、それぞれの数値が正常な範囲内にあるかを記録します。これにより、電力の使用状況に大きな変動がないか、設備に過剰な負荷がかかっていないかを客観的に判断します。また、赤外線を利用した温度測定器(サーモグラフィー)を使って、配線の接続部分などの目に見えない発熱箇所を特定することもあります。これらの客観的なデータと五感による点検を組み合わせることで、設備の健康状態を正確に把握するのです。




【年次点検】年に一度の精密検査で、設備の健康状態を徹底的に診断する

月次点検が日常的な健康診断だとすれば、年に一度行われる年次点検は、人間ドックのような「精密検査」にあたります。月次点検では確認できない設備の内部や、性能の細部に至るまで、専門的な測定機器を用いて徹底的に診断するのが目的です。この年次点検を正しく行うことで、設備の寿命を延ばし、突発的な事故を未然に防ぐことができます。



年次点検の最大の特徴は「停電」

年次点検は、月次点検と異なり、原則としてキュービクルへの電力供給を完全に止めて(停電させて)行います。これは、感電の危険がある内部の充電部分に直接触れて作業したり、通常時は電圧がかかっていて測定できない部分の数値を測ったりするためです。企業の生産活動や営業に支障が出ないよう、休業日や夜間に行われるのが一般的です。この停電を伴うからこそ、月次点検よりもはるかに詳細で、精度の高い点検が可能になります。



測定機器を用いた、より詳細な点検項目

年次点検では、月次点検の項目に加えて、以下のような専門的な点検が行われます。


絶縁抵抗測定:電路の被覆が劣化していないか、漏電の危険がないかを専用の測定器で確認します。


接地抵抗測定:万が一の漏電時に電気を地面に逃がすアースが、正しく機能するかを測定します。


保護継電器試験:異常を検知した際に、電気を自動的に遮断する保護装置(継電器)が、設定通りに正確に作動するかを試験します。これが正しく作動しないと、波及事故につながる恐れがあります。


内部機器の清掃・増し締め:停電している安全な状態で、ホコリやゴミを清掃し、各部のネジやボルトに緩みがないかを一つひとつ締め直します。これにより、接触不良による発熱などを防ぎます。


これらの精密な点検を通して、設備の隠れた不具合や劣化の進行度を正確に把握し、必要な部品交換や修理の計画を立てるのです。




法定点検を怠った場合に企業が負うことになる重大なリスク

キュービクルの法定点検は、法律で定められた義務ですが、もしこの義務を怠り、点検を適切に実施しなかった場合、企業はどのようなリスクを負うことになるのでしょうか。その代償は、単なる設備の不調では済まされない、経営の根幹を揺るがしかねない重大なものばかりです。



①波及事故による、莫大な損害賠償と信用の失墜

最も恐ろしいリスクが「波及事故」です。これは、自社のキュービクルの故障が原因で、電力会社の配電線に影響が及び、近隣の他の施設や住宅までをも巻き込む大規模な停電を引き起こしてしまう事故のことです。もし波及事故を起こしてしまった場合、自社の事業が停止する損害だけでなく、停電によって被害を受けた他の企業や住民に対する損害賠償責任が発生します。その額は、被害の規模によっては数千万円から数億円にものぼる可能性があります。そして、お金以上に失うのが「企業の社会的信用」です。安全管理を怠った企業という評価は、その後の事業活動に計り知れない打撃を与えるでしょう。



②設備の突発的な故障による、事業活動の停止

定期的な点検は、設備の異常を早期に発見し、計画的に修繕を行うためのものです。これを怠れば、ある日突然、キュービクルが故障し、工場や店舗の電気がすべて止まってしまうという事態になりかねません。生産ラインは停止し、店舗は営業できず、情報システムもダウンします。復旧には多大な時間と費用がかかり、その間の売上損失はもちろん、顧客からの信頼も失うことになります。特に、24時間稼働している工場や、冷凍・冷蔵設備が不可欠な事業にとっては、致命的な損害です。



③法令違反による罰則・行政処分

電気事業法では、保安義務を怠った設置者に対して、罰則規定が設けられています。例えば、国からの改善命令に従わなかった場合や、重大な事故を発生させた場合には、数百万円以下の罰金が科されることがあります。また、悪質なケースでは、事業の停止といった厳しい行政処分の対象となる可能性もあります。法定点検を怠ることは、法律を軽視する行為であり、企業としての姿勢そのものが問われることになるのです。これらのリスクは、どれか一つでも発生すれば、企業の存続に大きな影響を与えます。


どのような業者が、どのような考えで日々の工事に取り組んでいるのか、その姿勢を知ることも、安心できる依頼先を見つけるための一助となるかもしれません。

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保安点検はコストではなく、事業継続のための「投資」

キュービクルの法定点検について、その法的根拠から具体的な点検内容、そして点検を怠った場合の重大なリスクまでを解説してきました。毎月の点検費用は、一見すると単なる支出(コスト)のように感じられるかもしれません。


しかし、その実態は、企業の事業活動を根底から支える電気という重要なインフラを、安定的かつ安全に維持するための、不可欠な「投資」なのです。


この投資を怠ったために、ある日突然事業が停止したり、波及事故によって計り知れない損害賠償と信用の失墜を招いたりするリスクを考えれば、計画的な保安点検がいかに重要であるかは明らかでしょう。信頼できる専門家と連携し、しっかりとした保安管理体制を築くことは、現代企業にとって必須の危機管理(リスクマネジメント)の一環です。


ご自身の事業所における現在の保安管理体制に少しでもご不安がある場合や、委託している保安法人のサービス内容を見直したいとお考えの場合は、一度、他の専門家の意見を聞いてみるのも良いかもしれません。

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